クジラメン管理人のとっても私的なブログ、として始め現在では完全私物化、独立を達成した自由気ままなブログ
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ナルシストな人が好きだ。
私と似ているからかもしれないし、
私がそれを目指しているからかもしれない。
優しい人が好きだ。
人間やっぱり優しいに越したことはない。
だけど、
優しさに自覚のある人が好きだ。
捉え方によっては少し厭らしいけれど、
だからある種のナルシチズムと言えるのかもしれないけれど、
ここで言う自覚は、どんな形でも構わないのだが、
まあとにかく何と言うか、
優しさが画にならない男には惹かれない。
否、惹かれたとしたらそれは自己の、世界の歪みだ。
許容を欲しているだけだ。
肯定を呑み込みたいだけだ。
今はそう思う。
垂れ流しの親切には絶対に飽きる。
どころか、
嫌悪さえ感じる。反吐が出るとはこのことだ。
しかし彼には飽きられた自覚が生まれないだろう。
だって覆されるものを持っていないから。
だから私はある意味で、彼が狂ったところを見たい。
好きじゃない、と、
もう本当は飛び出そうとしている別れがそれを叶えてくれるだろうか。
優しい人が好きだ。
そう言ってまた私は同じ過ちを繰り返す。
包み込んでくれる存在が欲しいだけだ。
それの何がいけない?
私に必要なのは交信じゃない、そんな健全なものなら既に手に入れている。
求めているのは接触であり包容であり、共有であり侵食でもあり、
時に痛々しくて毒々しくて嫌になるほどの、
そんな安心が欲しいんだ。
傍にいて不安になるほどの、
小さな確信が欲しいんだ。
だから大きな保身は、もう棄てようと思う。
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